旅行は早くも最終日を迎えた。これまで寝坊がちだったので、それを取り返すかのように最終日は5時前に起床した。西院の快活クラブには鍵付き個室があったが、隣の部屋がうるさかったため、寝付きも悪く、途中2時頃に目が覚めてしまった。寝不足になりつつも、前日までのストックがあったため、何とか二度寝をせずに済むことができた。常に観光客が多い京都を観光するにあたって、京都の宿泊施設に泊まって早朝に出かけるのが良いと聞いていたし、早朝の京都観光はかねてからの願いだった。
京都に宿泊するにあたって、阪急沿線の宿泊施設に泊まるというのは良い選択だった。というのも、阪急の終点である河原町駅を出るとすぐに、京都を訪れた観光客が必ず訪れるといえる、鴨川に出られるからである。京都の観光というと、多くの場合バスでのアクセスとなる。しかし、渋滞に巻き込まれる可能性が高くなるうえ、車内は混雑する場合が多い。そのため、京都の観光は公共交通機関で攻略するに限る。もちろん、清水寺などの、どの駅から遠い場所もあるのだが、そのような場所こそ、早朝に訪れるべきであろう。ちなみに、公開時間は6時~18時とのことで、始発の列車で阪急の河原町駅、京阪の祇園四条駅もしくは清水五条駅にたどりつけば丁度良いだろう。「そうだ、京都行こう」の世界は、早朝にあると言える。
鴨川には、ジョギングをしている人や、散歩をしている人が多く見られた。地元の人にとっても、早朝の鴨川は憩いの場所であるようだ。そして、ここから四条通の東端に向かうと八坂神社が見えてくるのだが、その奥にある円山公園もまた、地元の方々の憩いの場となっている。もともとは八坂神社の一部をなしていたが、火災による消失で、大正時代に日本庭園として再建された。そして、その敷地は時代が流れていくにつれて変化していったが、最近になって大正時代当時の姿に戻すための工事が行われたという。
円山公園は東山に位置する日本庭園とのことで、水の流れが今もある。その水は当然ながら、琵琶湖疎水から引かれている。京都の東山には住宅街が迫っていることが多いが、円山公園には東山と連続した庭園が残っており、東山を借景として作られたことが今でもよくわかる。銀閣寺のように有名な庭園もあるが、こうした有名どころに比べて、穴場といえる庭園の一つだろう。しかし、春になると話は別である。「祇園しだれ」と呼ばれるしだれ桜を見にくる観光客は多いことだろう。しかし、春以外にも十分楽しめるスポットであり、京都の他の有名観光地に比べても、穴場の観光地の一つであると私は感じた。
円山公園に隣接する知恩院を眺めつつ、市営地下鉄の東山駅へと向かった。東京には17時に着かないといけないため、一旦京都駅を経由するよりも、山科駅を経由する方が早く着けると判断した。京都を観光するには、新幹線で来た人は別として、山科駅で市営地下鉄に乗り換えた方が分かりやすいというのが個人的な印象だ。路面電車があったら回遊性が高められてより素晴らしい都市だったかもしれないが、あまり便利すぎると、京都に一回行っただけで満足してしまうところだった。日本には四季があるのだから、最低でも四回訪れないと京都の魅力を知ったとは言えないのかもしれない。
朝の時間帯、米原行の新快速は、京都駅から近江八幡駅にかけて混雑する。彦根駅になってようやくラッシュが解消されるという様子だった。琵琶湖沿いには大企業が多く立地しているということだろうか。聞くところによると、東海道線は滋賀県の旧市街地のところを避けるようにして通されたという。もともとは水運により琵琶湖沿いが発達していたが、鉄道、高速道路は郊外へと通される一方、水運は廃れてしまったため、滋賀県の観光地と鉄道が離れているという現状である。今鉄道が通っている場所は新興住宅地とのことだ。
米原駅に着くと、これからしばらくお世話になる313系が待ち構えている。青春18きっぷシーズンの東海道、座れば天国、立てば地獄といったところだろうか。何回も乗っていると飽きてくるので、そろそろマイルを貯める方針に転換した方がよいかもしれない。ここ最近は、ポイントサイトでクレジットカードを作ると、5000円利用で6000円分とか、8000円分のポイントが入るという場合があり、カードを使えば実質無料になるため、ついつい現金化してしまう。信用というのは偉大だ。バイトは薄給でも不労所得で何とか旅行には出られるということで、親には感謝してもし切れない。
東海道線では、ひたすらスマホを見ながら時間をつぶしていた。しかし、何も成長していないわけではない。この旅の途中で、IT系への就職という目標のその先において、実現したい夢が見つかった。さらに、前期に気分を害する主な原因となった「金欠」を克服して旅行を続けることができる手段を見つけ、それを実行に移すことができたのはとても満足だった。前期が始まる前、2月には北海道、3月には東日本、4月には西日本、そして、前期が始まってからは小坂レールパークにも行った。5月以降は20歳になるのをきっかけに、繁華街の店でだいぶお金を使った。一方で、バイトは月4000円前後が2か月続き、夏には旅行に行けないのではないかという不安が襲った。気づけば、受験生時代の「受験うつ」のような症状を自覚するほどにまでなってしまっていたのだ。いや、自覚できるだけまだよかったのかもしれない。これを自覚できたからこそ、中高6年間の失敗を再び繰り返しつつある、という現状を見つめ直すきっかけとなり、方針転換をした結果、初めて自分の意思で人生を選択することができたのであった。
今後も自分の人生は旅行とともにある、ということには変わりがない。10月22日には、今まで訪れたことのない唯一の都道府県を観光する。乞うご期待。