前回は、人吉駅前の土産屋で焼酎を試飲させていただき、ほろ酔い気分で肥薩線に乗車した。肥薩線の終電は非常に早く、鹿児島県方面に抜けるための吉松行の終電は、17時台に人吉駅を出発してしまう。しかし、それはすなわち、肥薩線に乗車するときには冬場を除いて基本的に外が明るいため、景色を必ず楽しめるというメリットもある。私も、肥薩線の矢岳~真幸駅間の三大車窓であったり、スイッチバックであったりを期待して肥薩線に乗車したので、夜に乗車したばかりにスマホに目線を落とさざるを得ない状況ではないのが幸いだ。
肥薩線のスイッチバックは、人吉を出発して一駅目の大畑駅と、吉松駅の一駅手前にある真幸(まさき)駅の二箇所に存在する。ここでは、列車は一両なので、スイッチバックの際は運転士が車両に設置された通路を行ったり来たりする姿を見ることができる。鉄道ファン的には、運転士の往来を邪魔しないように乗務員室のドアや通路を塞がないように気を付けたいところだ。
実際に乗車してみると、日本三大車窓と呼ばれる区間で、えびの高原の麓にある加久藤盆地を一瞬だけ、霧でかすみつつも望むことができたが、実際にどの地点かというところまでは分からなかった。異なる時間帯に行けば案内であったり、徐行運転であったりがあるのかもしれない。もしくは、草木で眺めが隠れつつあるのかもしれない。3年ほど前は私も鉄道撮影を楽しんでいたが、撮影地を選ぶにあたって、数年前は開けていた視界も、今行けば草木で撮影どころではなくなっている、というケースもあった。我々乗り鉄が普段から楽しんでいる車窓も、線路脇の植物を刈ってくれる鉄道員の方々のおかげで保たれている、ということが言えるだろう。
吉松駅に到着する頃には、空は暗くなっていた。ここで降りて行った人は、この先の鉄道に乗る人もいれば、すでに鉄道での旅を終え、自動車で宿泊地に向かうと見られる人もいた。私はというと、待合室に設置されていたピアノを鳴らしていた。待合室には畳も設置されていたが、幸いにもそこで寝転がっている人はいない。そこで心置きなく演奏することができた。
吉松駅より先、吉都線(きっとせん)に乗って都城に行く人もいたし、私のように引き続き肥薩線に乗り換え、隼人駅まで行く人もいた。今回の旅では、乗りつぶしというのももちろん目的の一つとしてあったが、今まで訪れた経験の少なかった九州地方を大体一周するというのが大きな目的であったため、一週間のうち九州に滞在できるのは4日だった。そのため、今後の乗りつぶしに期待する面が多く、多少乗車時間が長くなるが、吉都線で直接都城に行くのではなく、隼人を経由した都城、宮崎県方面へと向かうことにしたのだった。
この迂回は結果的に、鹿児島県を一部区間通過することになり、2019年度内に全都道府県を踏破するという計画が可能になったのだ。4月には四国地方への遠征で四国地方の全県、8月には北日本紀行によって、東北地方と北海道を踏破している。あとは、来年三月までに沖縄県、山陰二県、和歌山県、奈良県、富山県を訪れれば47都道府県を一年以内に訪れたことになる。
さて、実は吉松駅の時点で酔いはさめていたのだが、頭痛がしていた。また、2日目において長崎の夜景を撮影するために結構な距離を歩いて山に登ったため、筋肉痛を起こしていた。いかんせん高校生にまともな運動をしてこなかった大学生であるため、筋肉痛が一日遅れに来るというのはこれまでの旅行においてもよくあった。翌日の行程として、延岡に深夜に到着した後ブース型のネットカフェに宿泊し、バスで高千穂に向かうということを計画していたが、この頭痛と筋肉痛では、そのような無理をしたくはない。そのため、宮崎加納駅の快活クラブで本日の行程を終えることに急遽決定した。加納駅から10分ほどの距離なのだが、その距離でさえ筋肉痛により苦しめられた。
翌朝の起床も、累積の疲れにより困難をきわめ、結局12時間の滞在となった。快活クラブの学割が適用されるので良かったが、そうでなければ決してこの時間の利用は避けたいところである。出発は朝11時、加納駅付近のラーメン屋で昼食を食べてから本日の目的地、延岡へと向けて出発した。
加納駅は宮崎市街地の南端にあるような場所で、来る鉄道も宮崎行となっていた。宮崎で延岡行に乗り継げることになっていたが、その延岡行は宮崎空港始発であった。空港線が合流してくるのは宮崎駅の一駅手前の南宮崎駅であったため、念のためそこで乗り換えることにした。しかし実際には杞憂で、宮崎駅での乗車は想定よりも少なかった。真昼の時間帯というのもあるだろうが、東九州の人口規模はそこまで大きくはない。東九州新幹線の計画があるという情報も見つけてはいたが、なかなか難しいものがあるだろう。個人的には小倉~大分~松山~岡山に新幹線が通されることに興味がある。しかしいずれにせよ、昨日まで見てきた長崎新幹線や、現在も盛んに建設が行われている敦賀への北陸新幹線延伸がひと段落してから議論がされる区間であることには違いない。
東都農駅付近、東側の車窓に、何やら構造物が見えてきた。現在使われている形跡はなく、ソーラーパネルのようなものが設置されているだけであった。形としては新幹線に似ている。ここで、記憶の片隅から、リニアモーターカーの実験線が宮崎県にあったという話が思い起こされた。調べてみると確かにそうだった。リニア実験線と言えば、私も山梨の印象が強かった。そこは山がちな地形にトンネルを通し、入ったり出たりするような車窓と思われるが、宮崎の実験線では、ほとんどの区間を地上に見ることができる。しかも、ほとんどが日豊本線と並走する区間であるため、今まで抱いていた実験線の印象を大きく覆すものとなった。
延岡駅に着いて駅前に出ると、鉄筋コンクリート造りの建物の吹き抜け部分だった。右側には蔦屋書店、左側にはスターバックスがあった。これら二つはセットになっているのだろうか。蔦屋書店には無料で休憩できるスペースが併設されていた。インフォメーションセンターも兼ねているのだろうか。コンセントもついていたため、そこでPCによる作業もすることができた。この旅でPCを使用したのはおそらくここだけであろう。せっかく持ってきたのに結果的に荷物がかさばっただけであった。
延岡の夜景は、愛宕山からのものが有名だ。最寄り駅は南延岡であったが、交通費を浮かせるとともに、本数も少なかったため、延岡駅付近のホテルに早々にチェックインし、荷物を減らしてから徒歩で向かうことにした。展望台へのアクセスは、自動車でも可能であり、駐車場もあった。徒歩で行く場合は、登山道を行くことになる。とは言え、ほどんどが階段として整備されている。帰りは暗いため、懐中電灯がほしいところだ。iPhoneには懐中電灯がデフォルトでついているが、それでも十分だろう。滑落の心配はほとんどないが、雨が降った後は足場が悪く、滑りやすくなる。両手が空いている方が安心だ。
多少気を付ける点はあるが、徒歩で延岡の夜景を見ることも可能である。夜景を撮影した後は、スマホを胸ポケットに入れて足元を照らしつつ下山、近くにあったラーメン屋で夕食を取った後、降り出した雷雨の中、ホテルへと戻った。