はじめに
これは科学一般にも言えることですが、「研究」を進めていくにあたって、まずは自分自身の「興味」が大前提にあると思います。しかし、それだけでは研究をする動機としては不十分です。
特に大学受験を控えた高校生の皆さんにとって、「学科選択ミス」は致命的です。大学ではある分野に「興味」を持った学生に対して、その分野の研究にあたって必要となる考え方や、知識を体系的に教えることが多いです。そのため、学科を選ぶ基準としては、「興味」と同時に「知識の有無」を念頭に入れると、より選択ミスの確率が減ります。
少し話がそれますが、極論を言うと、「東大に入りたい」という憧れを持って東大に入った人が、東大に入ったことで、自分の納得のいく人生を送ることができる確率が上がったかというと、当然そうではありません。「東大に入った人がどのような人生を送るのか」という知識が無いからです。
閑話休題、このページを見ている方々は少なからず、地球惑星科学、あるいは地学に興味があると思います。そうした皆さんに、「地球惑星科学を学び研究すると、どのようにいいことがあるのか」という知識を、断片的にはこの記事で、体系的にはほかの個別の記事で伝えていきたいと思います。
地球惑星科学とは
今まで地球惑星科学と一括りに言ってきましたが、具体的には地震学、測地学、地球化学、岩石学、地質学などの各分野に分かれます。しかし、これらはテクトニクスによって理論的に統一されています。
テクトニクスとは、一般的には、地球を含めた太陽系惑星の、表層より内部の運動を明らかにしようとする研究のことを言います。つまり、地球惑星科学とは、「今後地球で起こりうる事象について、テクトニクスにより統合された各分野における観測やモデル化により説明しようとする学問」ということがいえます。
テクトニクスの代表的な理論の一つが、プレートテクトニクスです。この理論は、それまでの観測事実の多くを説明するモデルとして確立されましたが、同時期に進展した宇宙科学技術によって、リモートセンシングによる地下構造の推定や、惑星探査による太陽系の原始組成の推定など、地球惑星科学における観測手法の拡大をもたらし、それ以降の研究に多大に貢献しました。
このように、地球惑星科学における「観測」と「モデル化」は、どちらが欠けていても成り立ちません。特に観測の歴史はせいぜい100年です。たとえば2億年前の岩石を地上で観察したとしても、その岩石は2億年前の状態をピンポイントで示しているわけではなく、2億年間、様々な作用を受けた「結果」を示しているに過ぎません。このような意味で、観測の歴史は非常に浅いのですが、それを補うためにモデル化や実験が不可欠となっています。
プレートテクトニクスの成立背景
大陸の成長
一般的に大陸の内陸部には数十億年前の古い地層、沿岸に向かうにつれて数億年前の地層に遷移していく、という構造が見られ、沿岸部にはヒマラヤ山脈やアルプス山脈のような大山脈があります。プレートテクトニクス成立以前は、大山脈において「造山運動」と呼ばれる、大陸を成長させる何らかの作用が働いており、大陸は少しずつ成長しているのではないか、と考えられていました。
その背景には、地向斜造山論があり、大陸が成長する過程を以下の5段階に分けています。
- 大陸縁辺部において地殻が沈み込み、「地向斜」とよばれる盆地が生じる。
- 地下では玄武岩による火山活動が起こる。盆地では堆積が進行する。
- 圧力の増加と温度の増加により、深部で岩石の変成により花崗岩が形成される。
- 花崗岩は密度が小さいため、地向斜が隆起に転じ、山脈が形成される。
- 山脈の周辺に堆積盆地を作り、その部分が新たな造山運動の場になる。
この考え方は日本にも導入され、それに基づくと、日本では現在進行形で大陸が成長する場であるということになります。しかし、伊豆・小笠原諸島を見ればわかるように、日本で成り立つような考え方ではありませんでした。
プレートテクトニクスの成立
プレートテクトニクスが1960年代に成立すると、これまで「造山運動」の産物だと考えられてきた地形や地層が、以下のように再解釈されました。
- 大西洋における「地向斜」は、大陸分裂後に、それまで大陸があった部分に海洋地殻が形成されるとともに、重さの減少に対応して隆起することで(アイソスタシー)、大陸との間に厚い堆積体を生じたものであった。
- 一方、日本における「地向斜」は、海溝に対して玄武岩質の海嶺や海山が沈み込んだことで、海溝の内側は隆起するとともに、海底に陸地からの砕屑物の堆積や、プレートから削り取られた付加体の上昇が起こったものであった。
- 変成は、海洋プレートが沈み込む部分では高圧型、火山フロントの部分では低圧型(高温型)の変成作用が起こる。花崗岩の形成は日本のような火山フロントや、ヒマラヤ山脈のような大陸衝突帯で起こりうる。
- ヒマラヤ山脈の隆起には、大陸衝突による断層の形成による隆起だけでなく、それまで大陸縁辺部であったために存在した厚い下部地殻がマントルに沈み込むことで、上部マントルが上昇したことによる隆起が要因となっている。日本の場合は、フォッサマグナよりも東側では、太平洋プレートの沈み込みが100kmの深さに達したことによる火山フロントの形成、西側では、フィリピン海プレートの動きに伴う東西の圧縮による断層の形成により説明される。
- 大陸が衝突したことで大山脈を形成した部分は、やがてマントルの上昇の停止や、侵食により、大きく沈降する。それに伴い上部地殻は大きく引き伸ばされるため、さらに数億年後、大陸縁辺部のプレートが上部マントルから下部マントルに落下することで形成されたコールドプルームの反動として、ホットプルームが上昇してきたときに、分裂が始まる場所になる(プルームテクトニクス)。
以上をまとめると、造山運動によるものだと考えられていた岩石や地形は、大陸の衝突と分裂がほとんど同じような場所で起こっており、そのサイクルが何回も繰り返されたことによって形成されたものである、ということがプレートテクトニクスおよび、その概念をマントルまで拡張したプルームテクトニクスにより説明されたということになります。
まとめ
このように、ある観測結果に対して、研究する場所や、時間が異なるだけで、異なるモデルが適用されることがあります。モデルが必ずしも実体を表しているとは言えないですが、より実体に近いモデルを構築するためには、地球惑星科学における各分野の知識を横断的に身につけていく必要があります。
また、社会に還元されるという視点も持っておいて損はありません。地球惑星科学は、プレートテクトニクスにより統合される以前から、「資源探査」と、「地球活動の監視」という2つの側面を持っていました。前者を背景にして生まれた電気探査の手法は、現在では体重計に乗るだけで(身長、年齢の入力は必要ですが)体脂肪率が分かる、といった技術に応用されています。後者は、プレートの沈み込み帯に位置しており、災害と共存していく必要のある日本においては最も主要な研究テーマとなっています。
研究にあたって、「モデル構築(実験)」および「観測」のいずれかのアプローチを取ることになると思いますが、自らが興味を持って得た知識を活かす場としてはどちらも魅力的なものとなっていると思います。
もちろん、人によってその学問に対する興味や楽しさはそれぞれあって、言語化できない部分も大きいです。この記事を通して少しでも、自分が考える地球惑星科学の「楽しさ」が皆さんに伝わっていれば幸いです。