「なぜ何もないのではなく、何かがあるのだろう。」
この問いについて、私は小学生の頃から何度も考えてきた。
宇宙が誕生する前には、何があったのだろう。
何もなかったのだとすれば、なぜそこから宇宙が生まれたのだろう。
昨日、砂漠の街で久しぶりに宇宙の始まりについて考えていた。
宇宙は、本当に「何もないところ」から生まれたのだろうか。
もしかすると、「何もない」と考えていたところにも、まだ現れていない様々な可能性があったのかもしれない。
そう考えたとき、問いの形が少し変わった。
宇宙の誕生とは「何もないところから何かが生まれた」という出来事ではなく、様々な可能性の中から、この宇宙が一つの状態として現れた出来事だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、アラビックコーヒーが運ばれてきた。
この3年間も、何もなかったわけではない。
まだ形になっていない考えや、いつかやってみたいと思っていたことが、いくつもあった。
それらは一つの行動として現れていなかっただけなのかもしれない。
そして今、少しずつそれらが結びつき、形になり始めている。
3年間は、何も起きなかった時間だったのではないのかもしれない。
まだ形になっていない様々な可能性を抱えていた時間だったのだと、今は思う。


